役名
- 大星由良之助
- 大星力弥
- 赤垣源蔵
- 富森助右衛門
- 勝田新左衛門
- 斧九太夫
- 寺岡平右衛門
- 遊女おかる
祗園一カ茶屋の場

由良鬼ゃまだえ。手の鳴る方へ。



とらまえて酒飲まそ酒飲まそ。
とらまえたぞ、さあ酒をもて。



そりゃ違いましたわいなあ。



なに違うた、南無三、しもうた。これは失礼、ごめん候え。
ああ他愛他愛。



さあさあ、あなた方もどうぞ、お上がりなさんせいなあ。



そのほう達はちと遠慮してもらいたい。



そのようなことおっしゃらずひとロおあがりなされませいなあ。



ええくどい、



行けと申すに。



おおこわ。はんに猪(しし)食うたようなお侍。おお、おかし、



しっしっしっ。お獅子はどこじゃどこじゃどこじゃ。



由良之助殿、赤垣源蔵でござる。



富森助右衛門でござる。



勝田新左衛門でござる。



御意得にまいった。お目、



さまされましよう。



これはこれは打ち揃うて、ようこそおいでなされた。何と思うてこのところへ。



鎌倉への出立は、



いつごろでござるな。



さればこそ、大事のことをおたずねなさるる。
かの丹波与作が唄に、江戸三界へ行かんして、ごめん候。ああ、他愛他愛。



やあ、酒の酔い本性違わず。



性根がつかずばわれわれが、



酒の酔いをば、



さまさせくれん。



あいや、しばらく。卒爾ながら平右衛門め申し上げたき儀がござりまする。しばらくしばらく、しばらくお待ちなされて下さりませ。



申すことあらば、



早く申せ。



ネイネイネイ。ご家老様、寺岡平右衛門めにござりまする。ご機嫌
のよい体を拝し大慶至極にござりまする。



寺岡平右衛門とは、何でえすか・・・
おお、前かど北国へお飛脚に行かれた、足の軽い足軽殿じゃの。



ネイネイ、さようでござりまする。
殿様ご切腹を北国にて承りまして、南無三宝と宙を飛んで帰りまする道、
お家も召し上げられ、一家中はちりぢりと、承りました時の無念さ。
ご奉公こそ足軽なれ、ご恩は同じお主の仇、おのれ師直めをひと討ちと鎌倉へ立ち越え、三カ月がその間、非人となってつけ狙いましたが、なかなか敵は用心厳しく、近寄ることもかないませず、所詮どん腹かっさばかんと存しましたが、ふと国元の親どものことを思い出しまして、すごらすごらと帰ります道、天道様のお知らせにや、いずれも様方にお目にかかり、かくかくと申し上げましたれば、でかした、うい奴じゃ、お頭に願うてやろとのお言葉にすがり、これまで推参いたしましてこざります。
どうぞ下郎めに東のお供をお許しなされて下さりませ。その代わりにはこの下郎めがお供いたしますれば師直めが屋敷の・・・



ああ、これこれ、そこもとは足軽ではのうて、大きな口軽じゃの。
何と幇間なされぬか。尤もみたくしも蚤の頭を斧で割ったほど、無念なとも存じて、四、五十人一味を拵えてみたが、味なことの。よう思うてみれば、し損じたらこのほうの首がころり、しおおせたらあとで切腹、どちらにしても死なねばならぬとは、人参飲んで首くくるようなもの。ことに貴様は五両に三人扶持の足軽・・・ままま、お腹立てられな。じゃが、はっち坊主の報謝米ほど取っていて、命を捨てて仇討ちしようとは、そりゃ青海苔もろうた返礼に、太々神楽打つようなもの。われら知行は千五百石、貴様と較べると、敵の首を、斗桝ではかるほど取っても釣り合わぬ釣り合わぬ。ところでやめた。な聞こえたか。とかく浮世はこうしたものじゃ。ヤ、ツンツンテン、ヨウ、ツンツンテン。なぞと弾きかけたところは、てんとたまらぬ。ごめん候え。他愛他愛。



これはご家老様のお言葉ともおぼえませぬ。わずか五両に三人扶持の足軽でも、千五百石のご自分様でも、つなぎましたる命は一つ。
ご恩に高下はござりませぬ。とさあ、押すに押されぬお家の筋目、殿様のご名代もなされまするいずれも様方のその中へ、見るかげもない私めが、お供にさし加えてとのお願いは、ほんの猿の人真似。
お草履をつかんでなりと、お荷物をかついでなりとも参じましょうほどに、どうぞ東のお供をお許しなされて下さりませ。ご家老様、この通り、お願いでござります。どうぞ東のお供をお許しなされて下さりませ。



こりや平右衛門、あったらロに風邪ひかすな。



由良之助殿は死人も同然。



かねて申し合わせし通りはからいましょう。



さよういたそう。



しばらくしばらくしばらく、しばらくお待ち下さりませ。つくづく思い廻しますれば、殿様お果てなされてより、木にも茅も心をおき、人のそしり無念をば、じっとこらえてござるからは、ご酒でも無理にまいらずば、よもお命は続きますまい。飲んだ酒なら酔わずばなるまい。
酔った酒ならさめるが理条。さめての上のご分別、もし。



無礼者め。



ひらに。



無理に押さえて三人を、伴うひと間は善悪の、明かりを照らす障子の内、影をかくすや。



月の入り山科よりは一里半、息を切ったる嫡子力弥、内を透かして正体なき、父が寝姿。
起こすも人の耳近しと、枕元に立ち寄って、鯉ロしゃん。



オオ、こりや喉がかわいた、これ、誰そ水をもて。こりゃ、誰もいぬそうな。おお酔うた酔うた。
こりゃカ弥、鯉ロの音響かせしは、急用ばしあってのことか。



御台顔世様より、火急の御状。



して、ほかにご口上はなかったか。



ほかにご口上はござりませねど、近々敵、



敵と見えしは、群れいる鷗、時の声と聞こえしは浦風なりけり、高松の。
よし、よし、そのほうは宿へ帰り、夜のうちに迎いの駕篭。行け、行け。



はっ。



はっとためらうひまもなく、山科さして、



祇園町をはなれてから急げ。



はっ。



引き返す。



あたり見回し由良之助、釣燈篭の灯りを照らし、読む長文は御台より、敵の様子細々と、女の文の後や先、まいらせ候ではかどらず。
よその恋よと羨ましく、おかるは上より見おろせば、夜目遠目なり字性も朧、思いついたるのべ鏡、出して写して読みとる文章。
下家よりは九太夫が、繰りおろす文月影に、透かし読むとは神ならず、
ほどけかかりしおかるが簪、ばったり落つれば、下にははっと、見上げて後ろへかくす文、縁の下にはなお笑つぼ、上には鏡の影隠し。



由良さんかえ。



わしを呼ぶのは誰・・・おお、かるか。そもじはそこに何してぞ。



わたしゃお前に盛りつぶされ、あまり辛さの酔いざまし、風に吹かれているわいなあ。



おお、そんなら何か、そなたはあまり辛さの酔いざまし。あの、風に吹かれ・・・。
ムム、よう吹かれていやったのう。
時にかる、そもじに話したいことかあるが、何を言うても屋根越しの天の川では話しにならぬ。ちゃっと降りてはたもらぬか。



話したいとは、頼みたいことかえ。



まあそんなものじゃ。



そんなら廻って来やんしょう。



いや、段梯子へ廻ったら、仲居がとらえて酒にしよう。何ぞよい・・・
おお幸いここに九つ梯子、これをつとうて降りてたも。



小屋根にかければ、



おおこわ。こりゃいつもとは勝手が違うて、危ないわいなあ。



危ない怖いは昔のこと。今は三間ずつまたげても、赤膏薬もいらぬ年配。



阿呆言わんすな。したが何じゃやら船に乗ったようで怖いわいなあ。



道理で船玉様が見ゆるぞ。



覗かしゃんすな。



洞庭の秋の月を拝み奉る。



そのようなこと言うたら降りゃせぬぞえ。



降りずば降ろしてやろう。逆縁ながら。



後ろより抱き降ろし、



ときにかる、そもじは何ぞごろうじたか。



あい、・・・いいえ。



いや、見たであろう見たであろう。



何じゃやら、面白そうな文を。



あの、二階から。



あい。



残らず、読んだか。



おお、くど。



南無三。身の上の大事とこそはなりにけり。ぽうぽう。



何のこっちゃぞいなあ。



何のこととは、かる、古いが惚れた。女房になってはたもらぬか。



おかんせ、嘘じゃ。



嘘から出たまことでのうては根がとげぬ。応と言や応と言や。



言うまいぞえ。



そりゃまた、何故に。



お前の嘘から出たまことでのうて、まことから出た、みんな嘘、嘘。



嘘でない証拠、身請けしょう。



いえ、私には。



いやいや、間夫があるなら添わせてやろ。暇が欲しくば暇やろう。
侍冥利、三日なりとも囲うたら、あとはそもじの勝手次第。



嬉しゅうござんす。と言わしておいて笑おうでの。



疑い深い奴ちゃなあ。そんなら今の間にあるじに金渡してくるほどに、
どこへも行ってはならぬぞよ。これ女房ども。



それもたった三日。



おお三日承知。



嬉しゅうござんす。



こりゃかる、この由良之助に請け出さるるが、それほどまでに嬉しいか。



あいなあ。



嬉しそうな顔わいやい。



世にも因果な者ならわしが身じゃ、可愛い男に幾世の思い、
ええ何じゃいなおかしゃんせ。



嬉しや嬉しや。嬉しいといえばこのことをととさんやかかさんへちっとも早よう、そうじゃそうじゃ。



忍び音に啼く小夜千鳥。



折に出でおう平右衛門



祗園の一カという茶屋だけあって賑やかなこったなあ。そこなお女中、ちとものをおたすね申します。この揚屋に山崎から来た、かるという女子がおる筈。ご存知なればどうぞお教えなされて下さりませ。



待って下さんせいなあ。わたしゃ今急ぎの用をしているほどに、そのようなことは、若い衆に聞いて下さんせいなあ。



たしかにこの家と聞き及びこうしてまいりました。実はな、その女子に会って言わねばならぬ大切な用事がござります。ご存知ならばお教えなされて下さりませ。この通りお頼み申します。



まあまあ待って下さんせ。何じゃいなあ。わたしが急ぎの用をしてしる傍で、お前がそのように頼む頼むとくどう言わしゃんすによって、それ見しゃんせ、頼む、頼むと書いてしもうたしゃないかいなあ。そんならこうしやしゃんせ。そこの廊下を行くと広い座敷があって、そこに大勢若い衆がいるほどに、そこへ行ってきいたらいっち早い・・・



や、わりゃ妹じゃないか。



あ、お前は兄さん、面目ないわいなあ。



なんの面目ねえことがあるものか。関東よりの戻りがけ、母者人に聞いてくわしく知った。お主のため、夫のため、よく売られた。でかしたでかした、でかしたなあ。



そんならお前、叱ってしゃないかえ。



なんの、叱っていいものか。兄はなあ、ほめているわえほめているわえ。



お前もご無事でこのような嬉しいことはないわいなあ。兄さん、お前に会うたら何よりもいっち早う聞きたいはな、ソレあの、か・・・かかさんはお達者でござんすかえ。



母者人はな、いまだに眼鏡もかけす夜なべ仕事をなさる。ああお達者お達者だ。



まあそうでござんすか。それからあの・・・ととさんはえ。



おやじ様もお達者だ、ああお達者だ。



そんならととさんもお達者でござんすか。嬉しや嬉しや。それではととさんもお達者、かかさんもご無事。それからあの、か・・・もし兄さん、お前もたいがい察してくれたがよいわいなあ。



なんのことだが、この兄にゃさっぱりわからねえ。



それいなあ兄さん、それあの、か・・・勘平さんはえ。



勘平。かか・・・勘平も、た、達者だ。達者達者、大達者だ。



ええ、そんなら勘平さんも、お達者でござんすか。嬉しや嬉しや。それ聞いてわたしゃようよう落ちついたわいな。もし兄さん、嬉しいといえばお前を喜ばすことがござんすえ。



殿様お果てなされてから嬉しい話はこれっぱかりも聞いたことがない。どんな話だか、早く聞かしてこの兄を喜ばしてくれ。



わたしゃ今宵請け出される筈じゃわいなあ。



え、おめえが、請け出される・・・



あい。



それみねえ。お主のため、夫のため、おめえがこうして苦界に身を沈める、天道様はご承知だ。そうして、それはどなたのお世話で。



お前も知っての、大星由良之助様のお世話でなあ。



なに、ご城代の由良之助様のお世話に・・・そうか。それじゃあおめえ、下地からの馴染ででもあってのことか。



何のいなあ。この中、二、三度酒(ささ)の相手に出たばかり。間夫があるなら添わせてやろ、暇が欲しくば暇やろと、結構すぎた身請けの相談。



それじゃあおめえを、下地からの馴染でもなく、あのご家老が・・
わかった。それじゃあおめえを勘平が女房とご存知あってか。



知らずじゃぞえ。親、夫の恥になること、何の明かしてよいものかいなあ。



それじゃあおめえを勘平の女房ともご存知なく、下地からの馴染でもなく、われを請け出す、あのご城代の、あの由良之助様が・・・



あいなあ。



むむ。すりゃ、いよいよ本心放埒。お主の仇討つ気はねえにきわまったなあ。



兄さん、あるぞえあるぞえ。



あるとは何が。



高うは言われぬ。もし。



こうこうとささやけば。



・・・じゃわいなあ。



そんならその文、残らす読んだか。



残らす読んだそのあとで、互に見合わす顔と顔。それから、じゃらじゃら、じゃらつき出して身請の相談。



そんならその文、残らず読んだそのあとで、互に見合わす顔と顔。
じゃら、じゃら、じゃらつき出して身請の相談・・・読めた。
こうだこうだ、こうなくちゃあならねえところだ。
はは・・・



ほほ・・・



はは・・・ほほ・・・



おい妹、久しぶりだったなあ。



あいなあ。



久しぶりで逢ったおめえに、この兄がちいっとばかり頼みがある。
なんと聞いちゃあくれねえか。



ほかならぬ兄さんの頼み、何なりと聞こうわいなあ。



その頼みというのは・・・



さ、その頼みとはえ。



妹、そちが命は兄がもらった。



もし兄さん、わたしには何科あって。勘平という夫もあり、きっとふた親あるからは、お前のままにはならぬぞえ。とさあ言うたが悪けりゃあやまります。請け出されて親、夫に逢おうと思うがわたしの楽しみ。悪いことがあるなればどんなことでもあやまろう。もし兄さん、手を合わせて拝むわいなあ。



手を合わすれば平右衛門、抜き身を捨ててどうと伏し、悲嘆の涙にくれいたる。



わけを言わずにいきなりおれが切りつけたはこの兄が悪かった。妹、
そのわけを話してきかしてやるから、ちょっとここへ来てくれ。



そうでござんすか。お前、いきなり私を切ろうとしやって、このような、まあびっくりしたことはござんせぬぞえ。もし兄さん、めったにそこへは行かれぬわいなあ。



何故こられねえのだ。



そのようにお前、刀をもっていやしゃんしては、わたしゃ怖うて行かれぬわいなあ。



何だ、この刀が怖え。え、何を言うんだ、おめえも早野勘平という侍の女房しゃねえか。



それじゃというて、わたしかそこへ行たらまた切ろうとしやる・・・



わかった、刀はこうして鞘へ納めた。おめえに渡してやる。早く来い。



そうでござんすか。・・・あ、もし兄さん、まだあるわいなあ。



まだある。



まだ腰に残っているじゃないか。



これか。こりゃあ武士の魂じゃねえか。



それじゃというて、それがあっては行かれぬわいなあ。



よしよし。それじゃあこれも、おめえに渡してやらあ。もう何にもないから、早く来てくれ。



そんならな、すぐに傍へ行くが、ほんに最前のようにびっくりしたことはござんせん。お前は何にも言わず、いきなりわたしのことを切ろうとしやしゃんして・・・



まだこねえのか。



何じゃいなあ、まあ兄さん、そのような怖い顔をして、わたしゃそこへは行かぬぞえ。



何だ、おれの顔が怖え。



あい。



ええ、何を言うんでえ。こ、この怖え顔はおれの生まれつきで仕方がねえや。



そんなら兄さん、お前ずーっと向こうへいて、あっちゃ向いていて下さんせ。



いろんなことを言う奴だ。ああよしよし。それじゃあな、これでどうだ。さ、早くこいよ。



もし兄さん、そっちゃ向いていて下さんせんな。よいかえ、そんなら行くぞえ、行くぞえ・・・
兄さん、来たが何じゃいなあ。



顔つくづくと打ち眺め、



髪の飾りに化粧(けわい)して、その日その日は送れども、可愛や妹、わりゃあ何にも知らねえな。



知らぬとはえ。



今兄が話すこと、必ずびっくりするなよ。われがなあ、請け出されて孝行をしてえという親与市兵衛様はなあ、



ととさんが、どうぞしやしゃんしたか。



六月二十九日の夜、人に斬られて、お果てなされた。



えええええ。



これこれこれ、びっくりするな。まだあとにはどえれえのが控えている。われが請け出されて、逢いてえ、添いてえという勘平はな。



勘平さんが、ど、どうぞしやしゃんしたかえ。



やっぱり勘平だえ。



何じゃいなあ。ああ、よい女房さんでも、持たしゃんしたかいなあ。



そんな陽気なことじゃねえわえ。



そうして兄さん、勘平さんはえ。



人に立たねえことあって、腹切って死んでしまった。



はっとびつくりさしこむ癪。



おかるやあい。



ようように心づき、



兄さん、わたしゃどうしょう。どうしょうどうしょうどうしょう。



もっともだ。おいたわしいは母者人。このことを言い出しては泣き、思い出しては泣き、娘かるに聞かしたら、泣き死にするであろう、必ず言うてくれるなと口止めされてきたなれど、言わわばならぬ今宵の仕儀。というわけはな、忠義一途に凝りかたまった由良之助様、勘平が女房と知らねば請け出す義理もなく、もとより色にはなおふけらず、見られた状が一大事。請け出して刺し殺す、思案の底と見てとった。よしそうのうても壁に耳、ほかから洩れてもそちが科。
おい妹、何故そんなものを読んだんだ。とても逃げれぬそちか命、兄が手にかけ首にして持ってめえりましたと、それを功に連判の数に入ってお供に立たん。



小心者の悲しさは、人に勝れた心底を、



見せねば数には入れられす、そこの道理をききわけて、死んでくれ、命をくれ、命をくれよ、こりや妹。



ことをわけたる兄の詞。おかるは始終せきあげせきあげ、便りのないは身の代を、役に立てての旅立ちか、暇乞いにも見えそなものと、恨んでばっかりおりました。



勿体ないがととさんは、非業な死でもお年の上。勘平さんは三十に、



なるやならずに死ぬるのは、



さぞ悲しかろ、口惜しかろ。



逢いたかったであろうのに、何故逢わせては下さんせぬ。



親、夫の精進さえ、知らぬわたしの身の因果。なんの生きていられましよう。わたしが死んでお役に立つなら、ちっとも早う手にかけて。



むむ、いい覚吾だ。南無阿弥陀仏。



もし、



お手にかからばかかさんが、お前をお恨みなされましよう。



自害したそのあとで、お役に立てて下さんせ。兄さん、さらばでござんす。



言いつつ刀取りあぐれば、



これ待て両人、早まるな。心底見えた。兄は東の共を許すぞ。



へい、そんなら、東のお供をお許しなされて下さりまするか。これ妹、兄は東のお供がかなった、東のお供がかなったかなった、ねいねい、有難うござりまする。



天にも昇る心地して、勇み立ったる門出の喜び。



まった夫勘平、連判には加えしかど、敵一人も討ち取らずば未来で主君に言い訳あるまい。その言い訳には、これ。



おかるが腕(かいな)持ち添えて、ぐっと突っこむ縁の下、肩先縫われて七転八倒。



獅子身中の虫とは汝のこと。わが君より高禄をたまわり、莫大のご恩をきながら、敵師直が犬となって、あることないことよくも内通ひろいだな。
こりゃやい、四十余人の者どもは、親に別れ子に離れ、一生つれ添う女房を、君傾城の勤めをさするも、亡君の仇を報じたさ。寝覚(ねざね)にも現(うつつ)にも、殿ご切腹の折柄を思い出しては無念の涙、五臓六腑を絞りしぞや。とりわけ今宵は殿の逮夜、ロにもろもろの不浄は言えど、慎みに慎みを重ぬる由良之助に、よくも魚肉をつきつけたな。否と言われず、応と言われぬ。喉を通せしその時は、五体も一度に悩乱し、四十四の骨々も、砕くるようにあったわやい。夜又め、魔王め、この獄卒め。



土にすりつけねじつけて、無念の涙にくれけるが、



由良さん、送ろうかえ。



送れ送れ。



いっそ、下郎が。



こりゃ待て、平右衛門、食らい酔うたる客人な、加茂川で、な、水雑炊を、
食らわせい。
-幕-
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