役名
- いがみの権太
- 弥助実は三位中将維盛
- 梶原平三景時
- 娘 お里
- 鮓屋弥左衛門
- 弥左衛門女房おくら
- 若葉内侍
- 庄屋甚右衛門
- 梶原の臣
釣瓶鮓屋の場
権太工ヘン工ヘン。
お里お前は兄(あに)さん、悪いところへ。
弥助ようおいでなされました。
権太よく来なくってよ。おれの家へおれが来るんだ、誰に遠慮があるものか。
おう弥助、おめえちょっと顔をかしてくれ。
弥助何ぞご用でござりまするか。
権太おめえな、向うを向いてみろ・・・こっちを向いてみろ。
弥助はい。
権太これに違えねえ。
弥助ええ。
権太なに、いい男だな。
弥助何をおっしゃりまするぞいなあ。
権太ときにお里、おやじはうちか。
お里ととさんは留守。
権太なに、おやじは留守だ。そりゃちょうどいいところへやって来た。
そうしてお袋はどこにいる。
弥助お袋様は奥においででござりまする。
権太それじゃあ、おれが来たと言って呼んできてくれ。
弥助はい。
権太いや、待ちな待ちな。おれと言っちゃあいけねえ。こう、金のしっかりありそうな旦那が来たと、そう言って呼んできてくれ。
ええ、早く行かねえか。
唄にらみ廻されうじうじと。のちにと言うて立つ弥助、
娘もあとに引っ添うて、ひと間へこそは、
お里兄さん、びびびびびい
唄入りにける。
権太何だ、お兄様をつかめえて、兄さん、びびびびびい、
こまっちゃくれたあまっちょだな。
唄母は奥より立ち出てて、
母わしに用とは、どなた様でござります。
権太へいへい、おっかさん、わたくしでござりまする。
母おのれは権太郎。
権太あ、申しおっかさん、お待ちなされて下さいまし。
母勘当うけた親の家へ、ようのめのめ来られたものじゃ。
とっととここを出て行きおれ。あのここな不孝者めが。
唄と目に角を立てかこちたる、機嫌にぐんにゃり。
直ぐではゆかぬと、いがみの権太、思案しかえて、
権太もしおっかさん、わたくしがまいりましたは、無心ではござりませぬ。
お暇乞いにまいりました。
母何と言いやる。
権太わたくしは遠いところへ行かねばなりませぬ。おやじ様にもお前様にも、おまめでお暮らしなされませ。
唄しおれかければ、母は驚き、
母これこれ、遠いところとはそりゃまあ何処へ。どうした訳で、何しに行くのじゃ。
唄根問いは親の欺され小口(こぐち)、さあしてやったと目をしばたたき、
権太まあひと通りお聞きなされて下さりませ。親の物は子の物と、これまでたびたび無心はしたけれど、人の物を箸片(はしかた)し、いがんだことはござりませぬが、不孝の罰かわたくしは、ゆうべ大泥棒にあいました。
母盗人に、して、何を取られたのじゃ。
権太その取られました中に、代官所へ納める年貢の金、三貫目というものをそっくり取られましたからは、どうでもお仕置きを受けねばなりませぬ。情けない目にあいました。
唄かます袖をば顔にあて、しゃくりあげても出ぬ涙、鼻が邪魔して目のふちへ、届かぬ舌ぞ、
権太もしおっかさん、この通り涙がこぼれて、
唄うらめしき。母もまことと共に目をすり、
母鬼神に横道なしと、年貢の金を盗まれて、死のうと覚悟きめたとは、まだしもでかした。そのような災難にあうも親の罰、よう思い知りおったか。
権太思い知ってはおりますれど、どうで死なねばなりませぬ。
母こりゃやい。
権太はいはい。
母常のおのれの性根ゆえ、また欺されるか知らねども、しょうぶ分けにと思うた金、おやじ殿に隠してやるほどに、それでふっつり性根を直せよ。
唄そろそろ戸棚へ子の陰で、親も盗みをする母の、甘い錠さえあけかねる。
母ああしもうた、えらいことしたわい。おやじ殿が鍵を持って行かれたわいな。
権太おっかさん、あの、こちこちがようござります。
母なに、こちこちとは。
権太今わっちが、あけてみせましよう。
唄しなれたるおのが手業を教える不幸。
権太おっかさん、へい、あきました。
母おお、器用な子じゃのう。
唄親は我が子が可愛さに、地獄の種の三貫目、何ぞに包んでやりたいがと、限りない程甘い親、うまいわろじゃといがみの権太。
唄奥とロとへ引き別れ、息をつめてぞ入りにける。
唄にがい父親弥左衛門、これも疵もつ足の裏、あたふたとして門ロに
弥左衛門ああこれ誰ぞいぬか、ちょっとここをあけてくれ、早うここをあけてくれ。
弥左衛門おお弥助か。あけるならあけるとちょっと断ってからあけてくれたがよいわいな。すまぬがわしに茶を一つ持ってきてくれ。
弥助はい。
弥助はいお茶。
弥左衛門びつくりするわい。
して弥助、婆や娘は何処におります。
弥助お袋様もお里様も奥においででざりまする。これへお呼び申してまいりましよう。
唄と行く弥助をば引きとどめ、
弥左衛門ああいや、まず、まず。
唄たちまち変わる御粧(おんよそお)い、正座へ直し手をつかえ、
弥左衛門君の御父、小松の内府重盛公のご恩を受けしわたくし、何卒御子維盛卿の御行方をと存ずる折柄、熊野の浦にて御目にかかり、御月代(おんさかやき)をすすめ奉り、この家へお伴い申し上げ、人目を憚り下人の奉公。
あまりと申せば勿体なさ、女房ばかりにまことを明かし、今宵祝言と申せしは、心は娘をお宮仕え、弥助弥助と賎しきわが名をおゆずり申し上げしも、いよいよ助かるという文字の縁起。
人は知らぬと存じおりましたに、今日鎌倉より梶原平三景時来り、汝が方に維盛を匿いあると、のっぴきさせぬやがて詮議、烏を鷺と言いのがれては帰りましたなれど、邪智深き梶原、詮議にまいろうもしれぬと、いささか心企みは致しおきましたれども、油断はならず、明日にもわたくしの隠居所上市村へお越しあそばしまするがよろしかろうと存じまする。
唄申し上ぐれば維盛卿。
弥助父重盛の高恩を受けたる者は幾万人、数限りなきその中に、おことのような者あろうや。昔はいかなる者なるぞ。
唄尋ね給えば、
弥左衛門わたくしことは平家盛んの折柄、唐土育王山(いおうざん)へ祠堂金を納むる時、音頭の瀬戸にて盗賊に出合い三千両の黄金を盗み取られ、役目の落度、すでに切腹にも及ばんところ、お情け深き重盛卿、日本の金を、唐土に渡す我こそ日の本の盗賊なりと、御身の上を悔ませ給い、そののち何の祟りなくお暇賜り、親里へ立ち帰り由緒ある鮓商売。
今日を安楽に暮らしおりますれど、伜権太郎がゆすりかたり、殺生の報いかと、思い入ったる身のざんげ、お恥ずかしゅう存じまする。
唄語るにつけて維盛も、栄華の昔父の事、思い出され御膝に落つる涙ぞ哀れなり。
娘お里は今宵待つ、月の桂の殿もうけ、納戸の内より立ち出ずれば、あるじははっと泣く目を隠し、
弥左衛門弥助、今言うた上市村へ行くことを、必ずす忘れまいぞや。
娘、こなたは弥助と今宵はここでゆるり、婆とおれとは離れ座敷、遠いは花の香がのうて。
唄気楽であろと打ち笑い、奥へ行くのも、
唄娘は嬉しく、
お里てもまあ、粋なととさん。離れ座敷は隣知らず、こちらはここで寝て花やろか。
唄布団敷く。
お里弥助さん、明日の朝はまた仕込みで早いによってもう寝やしゃんしたらどうでござんすえ。わたしとしたことが門の戸を閉めるのを忘れていた。ちょっと閉めてきましょうわいな。
もし弥助さん、見やしゃんせ。お向うの家ももう寝やしゃんした。お隣の家ももう寝てしもうた。弥助さん、見やしゃんせ。お月さんももう寝やしゃんしたわいなあ。さあさあ、寝ましょう寝ましょう。弥助さん、お前、さっきにから黙っていなさんすが、どこぞ気合いでも悪いのかえ。
わたしゃ最前から眠とうてくならぬわいなあ。おおねむ、おおねむ、おおねむおおねむおおねむ。そんなら先へ寝ますぞえ。
唄先へころりとうたた寝は、恋の罠とぞ見えにける。
唄維盛傍に寄り添い給い、
弥助これまでは仮の情、夫婦となれば二世の縁、結ぶに辛き一つの言い訳。
何を隠そうそれがしには、国に残せし妻子あり。貞女両大にまみえずの掟は夫も同じこと。二世の固めは許してたべ。
唄さすが小松の嫡子とて、とけたようでもどこやらに、親御の気風残りける。
唄語り給えば伏したる娘、こたえかねしか声上げて、わっとばかりに泣きいだす。こは何故と驚く内侍、若君引き連れ、逃げのかんとし給えば、
お里まず、まず。
唄内侍若君正座へ直し、
お里わたくしは里と申してこの家の娘。いたずら者、憎い奴と思召されん申し訳。過ぎつる春の頃、色めずらしい草中へ、絵にあるような殿御のお出で。維盛様とはつゆ知らず、女子の浅い心から、可愛らしい、いとしいらしいと、
唄思いそめたが恋のもと。
お里父も聞こえず、母様も、
唄夢にも知らして下さったら、たとえ焦がれて死すればとて、雲井に近き御方へ、鮓屋の娘が愡れらりょうか。
お里一生連れ添う殿御じゃと、思い込んでいたものを、二世の固めはかなわぬ、親への義理に契りしとは、情けないお情けに、
唄あずかりましたとどうと伏し、身をふるわして泣きければ、維盛卿は気の毒の、内侍も道理の詫び涙、乾く間もなき折からに、村の役人駆け来り、
宿役人これこれ弥助の弥左衛門殿や、今ここへ梶原様がお出でなさる。内をよう掃除しておかっしゃれや。よいか、よいか。
唄言い捨ててこそ立あ帰る。人々はっと泣く目も晴れ、いかがはせんとにわかの仰天、お里は早速に心づき、
お里ひとまず親の隠居屋敷、上市村へ少しも早う。
唄と気をあせり
弥助実にそのことは弥左衛門、我にも教えおきしかど、とても開かぬ平家の運命、検使を引きうけいさぎよく腹かききらん。
唄内侍は押しとめ、
内侍ああ申し、この吾子(わこ)のいたいけ盛りを思召し、ひとまずここを。
唄無理やりに引立て給えば維盛も、子にひかさるる後ろ髪、ぜひなくこの場を落ち給う、ご運の程ぞ危うけれ。
唄様子を聞いたかいがみの権太、勝手口よりおどり出て、
権太聞いた聞いた、お触れのあった内侍、六代、維盛弥助、ふん縛って金にするのだ。
唄尻ひっからげ突っ立ったり。
お里これはわたしが一生の頼み、どうぞ見のがして下さんせ。
権太べらほうめ、大金になる仕事だ。そこどきゃあがれ。
唄邪魔ひろぐなとすがるを蹴とばしはねとばし、駆け出せしが、これ忘れてはと引っ下げて、あとを慕うて追うて行く。
臣(一)老いぼれめ、いずれへ行く。
臣(二)逃ぎょうとて、
四人逃がそうか。
唄追っとり巻かれてはっとと胸、先も気づかい、ここものかれず、七振八倒心は早鐘、時に時つく如くなり。
臣(一)こやつ横道者め、最前庄屋方において維盛がこと詮議致せしところ、存ぜぬ知らぬといいはり、
臣(二)そのままにして帰せしは、汝方へ踏ん込み、ひそかに詮議致さんため。
臣(三)この家に維盛匿いあること、所の者より地頭へ訴え。
臣(四)早速鎌倉へ早打ち、取るものも取りあえず来たりしは、おのれを逃さぬためばかり。
臣(一)首討って渡すか。
臣(二)但し踏ん込み縄かきょうや。
弥左衛門さあ。
皆々さあさあさあさあさあさあ。
梶原老いぼれ返事は、どど、どうだ。
唄責めつけされ、かなわぬところと胸を据え。
弥左衛門成程、いったんは匿いませぬと申しましたれど、あまりご詮議が厳しいゆえ、先刻首討ちたてまつってこざりまする。何を申すもここは門中、あれへお通り下さりませ。
唄伴い入るれば母娘、いかなることと気づかううち、鮓桶引っ下げ弥左衛門、しずしずと出でて向うへ直し、
弥左衛門三位中将維盛様のお首、いざお改め下さりませ。
唄蓋を取らんとするところへ、女房かけ寄り、
母あこれおやしどの、その桶の中にはな、ちと人に見せられぬものが入れてある。こなさんがあけてどうさっしやるのじゃ。
弥左衛門何を言うのじゃ。この中には維盛様のお首が入っているのじゃ。
母いやいや、この中にはわしが大事なものが入れてあるのじゃ。
弥左衛門ええ、おのれは何も知らぬのじゃ。
唄争いければ、
梶原たくんだな、拵えたな。それ。
捕手動くな。
唄捕った捕ったと取り巷くところへ、
権太内侍六代、維盛弥助、いがみの権太が生け捕った。
唄と呼ばわる声、はっとばかりに弥左衛門、女房娘も気は狂乱。
いがみの権太はいかめしく、若君、内侍を猿縛り、宙に引っ立て、
権太下にいろ。
唄目通りにどっかと引き据え、
権太おやじの売僧(まいす)が熊野浦から連れて帰り、道にて頭をそりこぼち、弥助といって青二才、この間からいやらしい聟ぜんそ、憎さも憎しと存じましたゆえ、引っ捕らえて面恥(つらはじ)と思いのほかに手強い奴、村の者の手を借りて、首にして持ってめえりました。ご実検なすっておくんなさいまし。
唄差し出せば、ためつすがめつとっくと見て、
梶原維盛が首に相違ない。聞き及んだいがみの権太とやら、悪者と聞きしが、上へ対して大忠臣、でかいたでかいた。して、内侍、六代生け捕りしか。
権太へい。
梶原面を上げさせい。
権太へい。面あ上げろい、面あ上げろい。
梶原はてよい器量、夢野の鹿で思わずも、女鹿子鹿の手に入るもその方が働き、ほうびには親弥左衛門が命助けてくりょう。
権太ああいや、親の命を助けてもらおうといって、命がけの働きは致しません。
梶原すりゃ親の命を取られてもほうびが欲しいか。
権太親の命は、そりゃまあどうかおやじとご相談なすっておくんなさい。
わっちゃあやっぱりれこ、お金がよろしゅうございます。
梶原うむ、ほうびくりょう。それ。
唄持たせし羽織を差し出せば、下に取り上げて仏頂面。
権太何だこりゃ。なんだ、こりゃ。
臣(一)こりゃこりゃこりゃ、粗相申すな。その陣羽織こそ勿体なくも頼朝公の御召し替え。
臣(二)何時なりとも鎌倉へ持ち来らば、
臣(三)金銀と釣り換え、
臣(四)嘱託の
皆々合紋(あいもん)。
権太成程なあ。当節かたりがはやるゆえ、二重取りをさせぬ魂胆。
よくしたものでございますね。さようなら縄付きはお渡し申します。
唄縄付き渡せば受け取って、首を器に納めさせ、
梶原権太郎とやら、それへ出い
権太へい。
梶原面を上げい。弥左衛門一家の奴ら、しかと汝に預けおくぞよ。
権太お気づけえなせえますな。貧乏ゆるぎもさすこっちゃあごぜえません。
梶原こいつ小気味のよい奴だ。ははは・・・
唄ほめそやして梶原平三、縄付き引っ立て、立ち帰る。
権太あ、もし、引き換えのほうびを忘れちゃいけませんぜ。お頼み申しますぜお頼み申しますぜ。
唄油断みすまし弥左衛門、ぐっと突っ込む恨みの刃、うんとのっけに反り返る。母は思わずかけ寄って、
母親の罰思い知りおったか。
唄思い知れやといいながら先立つものは涙なり。弥左衛門歯がみをなし、
弥左衛門泣くな女房、何吠える。門端も踏ますなと言いつけおいたに、ようもようも内へ引き入れ、大事の大事の維盛様を殺し、御台様や若君に縄打ってよう鎌倉へ渡しおったな。
三千世界に子を殺す親というのはおれ一人、あっぱれ因果な手柄者に、おのれ、ようしおったな。
唄えぐりかければ権太郎、刃物押されて、
権太とっつあんとっつあん、これ、おやじ様。
弥左衛門何じゃい。
権太こんたの知恵で維盛を、助けるこたあ、そいつはいかねえ、そいつはいかねえ。
弥左衛門言うなやい、ぬかしおるなやい。今日道ばたの別れ道に手負いの死人、
これ幸いのお身代わりと首討って戻って、この中に入れておいた。これを見おれ。
唄鮓桶取って打ちあくれば、がらりと出でたる三貫目。
弥左衛門こりゃ金、こりゃどうじゃ。
唄呆れ果てたるばかりなり。手負いは顔を打ち眺め、
権太おいとしやおやじ様。おれの性根が悪いゆえ、ご相談の相手もなく、前髪の首を惣髪(そうはつ)にして渡そうとは、了簡違えの危ねえ仕事だ。
梶原ほどの侍が、弥助といって青二才、下男に仕立ててあることを知らずに討手に来ましょうか。
それと言わぬはあっちも合点。維盛様御夫婦の路用にせんと盗んだ金、重いを証拠に取り違え、持って帰って鮓桶を、あけて見たれば中には首、はっと思えどこれ幸い、前髪剃って突きつけたは、とっつあん、やっぱりお前の仕込みの首だ。
弥左衛門その性根でな、御台様や若君に縄打って、何故鎌倉へ渡しおったのじゃ。
権太ささ・・・そのお二方とみえたのは、
弥左衛門そのお二方とみえたのは、
権太この権太郎がありゃ女房伜だ。
弥左衛門してお二方はいずくにござある。
権太今お二方にお逢わせ申しましょう。おっかさん、この莨入れの段口に笛が入ってるから吹いて下せえ。
唄言いつつ出す一文笛、吹き立つれば折よしと維盛卿、内侍は茶汲みの姿となり、若君つれて駆けつけ給い、
弥助弥左衛門夫婦に一札を・・・やや、権太郎がこの体は。
両人(弥左/母)お変りないか。
唄一度に興をぞさましける。母は悲しく手負いにとりつき、
母常が常ならおやじ殿も、こうまでむごうはさっしゃるまいに、不憫なことをしたわいなあ。
唄欺けば権太郎。
権太そのお悔やみは無用無用。常が常なら梶原が、身代りくっちゃあ帰りません。まだそれせえも疑って、親の命をほうびにくりょう、忝ねえと言うとはや、詮議に詮議をかける道理。いがみと見たゆえ油断して、一杯食って帰ったは、
唄災いも三年と、悪い性根の年のあき時。
権太生まれついて諸勝負に魂うばわれ、今日もあなたを二十両、かたりとったる荷物の内、うやうやしい高位の絵姿、弥助・・・あなたのお顔に生き写し、合点ゆかずと母者人へ、金の無心をおとりに入り込み。
様子を聞けば維盛卿、御身に迫る難儀の段々。さ、ここで性根を入れ替えすば、おっかさん、いつかおやじ様のご機嫌の直る時節もあろうかと、打って替えたる悪事の裏。
維盛様のお首はあっても、内侍若君の身代りになる者がねえ。どうしようかこうしようかと途方にくれるそのところへ、女房小せんが伜を連れ、これ権太殿何うろたえることがあろう、わしと善太をこれこうと、手を廻すりゃあ伜めが、おい、ちゃんや、おらもおっかあと一緒にと、共に廻してしばり縄、かけてもかけても手がゆるみ、結んだ縄もしゃららほどけ、いがんだおれが直ぐな子を、持ったは何の因果ぞと、思っては泣き、諦めては泣き、後ろ手にしたその時は、いかな鬼でも蛇心でも、これえられたものじゃねえ。可愛や女房伜めが、わっとひと声、その時は、これ血・・・
唄血を吐きましたと語るにぞ、カみ返って弥左衛門、
弥左衛門ええ聞こえぬぞよ権太郎、孫めに縄をかける時、血を吐く程の悲しみを、
常に持っては何故くれぬのじゃ。広い世界に嫁一人、孫というのはあいつばかり。子供が大勢遊んでいれば、親の顔を目印に、これこれ子供衆、この中に権太の伜はいませぬかと言えば子供はどの権太、家名(いえな)は何と尋ねられ、おれの口から満更に、いがみの権とは言われもせず、悪者の子じゃほどに、はね出されていると思うほど、なおわれが憎さ。今直る性根が、半年前に直ったら、のう、おばば。
母おいのう、こういうことと知ったなら、嫁や孫の顔、よう見おぼえておこうもの。
弥左衛門おお、そればっかりが。
唄とむせ返り。維盛卿も思いにかきくれ給い、
維盛弥左衛門が嘆きさることながら、逢うて別れ、逢わで死するも皆因縁。汝が首討ち返りしは、主馬の小金吾武里とて、内侍が供せし譜代の家来、生きて尽くせし忠義は薄く、死して身代る忠勤厚し、これも定まる因縁ぞや。
唄語り給えば弥左衛門。
弥左衛門これもやっぱり鎌倉の追手のしわざでござりましたか。
維盛いうにや及ぶ。右大将頼朝が威勢にはびこる無得心。ひと太刀恨みん残念さよ。
唄怒りに交わる御涙、実にお道理と弥左衛門、梶原が預けたる陣羽織を取り出し、
弥左衛門最前頼朝が着替えとて、残しおいたるこの陣羽織、ずたずたに切り裂いても、ご一門の数には足りませねど、せめてひと太刀すつお手向けあそばしませ。
唄差し出せば、
維盛なに頼朝が着替えとや。普の予譲が例をひき、衣を裂いて一門の、恨みを晴らさん、思い知れ。
唄御佩刀(おんはかせ)に手をかけて、羽織を取って引きあげ給えば、裏に模様か歌の下の句。
維盛内やゆかしき、内ぞゆかしき、と二つ並べて書いたるは、心得ぬ、
この歌は小町が詠歌「雲の上はありし昔に変わらねど、見し玉簾の内やゆかしき』、人も知ったるこの歌を、物々しく書いたるは、・・・ことに梶原は和歌に心を寄せし武士(もののふ)、内やゆかしき内ぞゆかしき、・・・むむ、この羽織の縫い目の内やかしき。
唄襟際付け際切りほどき、見れば内には袈装念珠、
維盛然もそうず、然もありなん。保元平治のその昔、我が父小松重盛、池の褝尼といい合わせ、死罪きわる頼朝の、命助けて伊東へ流人、その恩報しに維盛を、助けて出家させよとある、おうむ返しか思返しか、敵ながらも頼朝はあっぱれの大将じゃな。見し玉簾の内よりも、心の内の床しさよ。
唄頂き給うぞ道理なる。手負いは顔をふりあげて、
権太及ばぬ知恵で梶原を、たばかったと思いしに、それもあっちが皆合点、
思えばこれまで騙ったも、果ては命を驅らるる、種と知らざる、
唄あさましやと、悔みに近き終わり際、維盛卿もこれまでは、仏を騙って輪廻を放れず。
維盛放るる時は今この時。
唄もとどりふっつと切り給えば、内侍若君お里もすがり、
内侍ともに尼とも姿を変え、
お里お宮仕えを、
両人許してたべ。
唄願えどかなわず打ち払い打ち払い、
維盛内侍は高雄の文覚へ、六代がこと頼まれよ。お里は兄になり代り、親へ孝行肝要なるぞ。
唄立ち出で給えば弥左衛門、
弥左衛門女中の供は、年寄りの。
唄役と共々旅路の用意、不憫不憫と維盛の、首には輪袈裟、手に念珠。
維盛三貘(みみゃく)三菩提の門途、
内侍高雄、
お里高野へ、
両人引き分くる、
母夫婦の別れ、
弥左衛門親子の名残。
唄哀れはかなき、
-幕-
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