役名
- 雲助 政
- 雲助 辰
- 本庄助八
- 所化願哲
- 飛脚富田兵衛
- 雲助 六
- 雲助 市
- 雲助 又八
- 雲助 どぶ六
- 白井権八
- 幡随院長兵衛
鈴ヶ森の場

成程、夜は短くなった。今くれたと思ったに、もう東海寺の五つだそうな。



あんまり仕事がねえによって、善じと組でじばころり手めえにとられたも、あんまり智恵がねえぜ。



その様に悔むな。今にいい鳥を引て来るであろう。



それもそうだ。ええ、もう一つかっくらわせ。



さあ、どうしやがった。山わりをよこしやあがれ。



これさ、そう言われては一言もねえが、是には訳が。



わけもへちまもいらねえ。きりきり金を出しやあがれ。



それでも、ここにはねえ。



ねえといって済むものか。



願哲じやあねえか。どうしたどうした。



さあ、聞いてくれろ。この男は、まだ仲間入もしねえ素人だが、鎌倉にいる内、心安くした所、きょう大師河原でふっと逢うて、この男の頼みゆえ、大枚(たいまい)三百両の大仕事、首尾よくやって渡した所、割前もよこさず随徳寺(ずいとくじ)。さあ、手前達に丸呑みにされちゃあ、おいらが商売がならねえは。きりきりその金出しやがれ。



成程、そう言われては面目ないが、おれが言う事を聞いて、疑い晴らして下さい。



何、いう事があるものか。



はて、わけを聞いた跡で、どうともなる事だは。



しずかにわけを聞いたがい聞いたがい。



今、あの和尚の言う通り、慾心(よくしん)きざして掴み合い、とうとうこっちへ引たくり、隠し所に困った故、そばにあった雪駄直しの籠の中へ、その三百両と、外に大事の品を隠した所へ、雪駄直しが出て来て、おれを泥坊だといって、くらわしてくらわして、いや、すてきにくらはしやあがったゆえ、金の事はどこへやら、命からがら逃げて来た所を、願哲坊につかまってこの仕義だが、金所じゃあねえ。
おれが身にもかえぬ、大事の品をちゃあふうとは、よくよく不運な身の上じゃなあ。



いいや、そのいい訳、どうものみ込ねえわへ。



これさ、あの男はしょげ返っているから、まんざらうそでもあるめえ。



何さ、こうなってから、うそが出る物じゃあねえ。



して見りゃあ、むだ骨だ。いまいましい。



そんなまぬけじゃあいかねえ。おいらが仲間へは入りて、よく見習うがいいわえ。



そんなら是から、どうぞ頼みます。



新参振舞に、八幡前の田楽(でんがく)は恐れるぜ。



何さ、濱川の角にしやしょう。



そいつは飲めるわえ。



もしもし、わずかな駄賃で、この物騷な鈴が森を、ひとり歩きなさらずと、安くしてのって行きなせえ。



ええ、ひつこい。飛脚がかごにのるようで、道中がなるものだ。



成程、おめえの足はひょろ長くて、早かろう。少の酒手で乗って下さんせ。



いやいや、どのようにすすめても、のらぬのらぬ。



はて、のらっしゃいよ。
さっきから十四五丁、ロの酸(す)くなるほど言っても、聞入ねえのか。



やあ、ひつこい雲助めら。たってといへば、手は見せぬぞ。



ええ、手めえたちも気の長い。



ぶんのめせぶんのめせ。



合点だ合点だ。



さてこそ噂の鈴が森。
やあやあ、大変だ大変だ。三百両の金を、落とした落とした。



何、三百両。



今のはなしの金は、こいつの金よ。



うぬはさっきの、身共に酒をのませた坊主だな。そんならその時。



金はとっても、又ものされたから。



せめてのはらいせに、身ぐるみふんばげ。



合点だ合点だ。



是は又、情ない。
どろ坊どろ坊。



大笑だ。



引っくるめて、弐朱(にしゅ)と一本よ。



まだこんな状箱がある。



何ぞ中にあるだろう。あけて見ろあけて見ろ。



合点だ合点だ。
こんな手紙ばかりだ。



何ぞ仕事になるめえ物でもねえ。読んで見ろ読んで見ろ。



無利な事を言ったものだ。是がどうして読める物かな。



ほんに、そうだっけ。さしづめ和尚、よまつし。



どれどれ。
「江戸御屋敷御役人中さま、鎌倉屋敷役人中。」
何々
「飛札を以て中入候。当三月廿日の夜、本庄助太夫甥、因州の浪士白井権八と申者、叔父助太夫を討て立のき中候間、この段御届申上候。尤権八義、江戸表へ出府と存候間、この段御吟味専一に存候。以上。月日。」



そりゃおれが親父を、甥の権八が討ったをしらせの手紙だ。



ああ、そんなら貴さまは敵討だな。



まあそんなものだが、あの権八というやつは、顔に似合ぬふとい若衆だ。



ああ、そんなら、どぶ六や又がのせて来て、橋の駿河屋に立っていた。



丸に井の字の紋を付ていた若衆か。



おお、その丸に井の字が権八だ。そんならここへ来るか。こりゃあこうしてはいられぬわえ。



是さ是さ、何をその様にさわぐのだ。貴さまの為には現在の、親の敵じゃあねえか。



出合う所は鈴が森、おいらが助太刀しよう。敵討にはいい場所だぜ。



めっそうな事をいった物だ。どうしておれが権八に叶うものか。



おめえも元は侍じゃあねえか。



成程、親の敵も討ちたいが、それよりは、さっきの雪駄直しをさがして、三百両と大切な一巻をとりかえし、こんた衆にもわけてやるわ。そのかわりに親の敵は、皆寄って討て下つし。



そんならどうでも。



こうしてはいられぬわえ。



しかし、権八は手ききといえど、たった一人。



こっちは大ぜい。何、かまう事があるものか。



定めて路銀もずっしりだろう。これ。



そんならここにつっぷしてがんばるのか。



そりゃ、これで。



どりゃ、果報を待とうか。



もし、約東の所迄参りました。



なんと、早く来たじゃあござりませんぬか。



然らば、ここが観音前と申所(もうしどころ)か。



左様さ。ここが観音前さ。



やれやれ、太義で有った。誠に夜中(やちゅう)といい勝手知れざるこの道筋。しかし、当りは海辺だな。



何でもここが約東の所だあな。



どうぞ早く駄ちんを、おもらい申しとうござります。



成程、極めの駄ちんは六郷とやらより、観音前迄五百文の所なれども、
夜中といい、是にて一つのみやれ。



こりゃたった二朱かえ。



はて、五百文の所なれども、心を付けて。



たった二朱かへ。



おきゃあがれ。ニ朱や三朱取ろうとて、夜中あくせく、かごをかつぐものかえ。



して、どれ程取ろうと申すのじゃ。



おいらがかごにのれば、持ている金は有りったけ。



むむ、さては案内知らぬひとり旅とあなどり、うぬらは物取だな。



おお、しれた事だわ。そのわんぽうから。



こりゃ、まてまて。



やれやれ、承れば無法な事。さぞお腹が立ちましょう。



是がほんの、かつたいに棒打とやら。まあ、御了簡なされませ。



是は是は、かたじけのう存じます。去りながら、あまりの慮外(りょがい)。



ささ、御尤でござります。あいつらは私が、まだしようがござります。
まづまづ、御了簡なされませ。して、あなたはどれへお通りなされまする。



そこもと達は、所のお人そうなが、是より江戸表へは、いか程ござる。



あい、江戸へは、もう二三里も有りましょう。まあ、ゆるりとたばこでものんでござりませ。



いやいや、せっしゃはたばこは所望でござらぬ。是はいかえ世政話で有った。



是さ、人に道を聞いて、礼もせずに通るのか。その上、たばこをのめといえば、所望でない。なに、たばこが祭りに出やあしめえし。



こりゃあわっちらを雲助だと思って、この火でたばこをのむはきたねえというのか。いやでもおうでものませにゃあならねえは。



是は又、無理を申す男ではないか。こなた衆が雲助やら、何、身共がしるものか。たばこは実実嫌いゆえ、所望でないと申したが、何と致した。無法申すと、手は見せぬぞ。



是は是は、お若衆のお気の短い。今の様に申したは、ありゃうそでござります。成程、さすがは武家程有って、この鈴が森を只おひとりで、びくともなさらぬは、誠におどろき入りました。



なに。すりゃ、ここは観音前ではなくて、さては、うわさの鈴が森とやらか。



さようさ。ごろうじませ。あの通り、供養塔や題目の石碑がござりますわな。



おまえのおっしゃる観音前迄は、十町からござりますが、又そのようなやつらがおりまして、益ないお腹を立てさしますからおきのどく。私共が観音前迄送って上りましょう。是さ、手めえもお送り申せ。



それそれ、往来のお客方に、おけがが有っては、雲助商売があがるわ。所迄お送り申ましょう。



すりゃ、観音前迄送ってくりやるか。



左様でござります。



しからば、この提灯を借り請(こ)うて。
お、太義ながら、案内頼む。



はいはい。お提灯は私が持ちましょう。



こりゃ、何をいたすのじゃ。



そりゃこそ、丸に井の字だぞ。



まてまてまて。身が紋を見て、伏たる非人の口々に、丸に井の字じゃと申しが、身が紋が、丸に井の字なら、その方共なんとする。すりゃ、何ものにか頼まれたな。



おお、頼まれた。ぶっちめろ。



合点だ。



お若えの、お待ちなせえやし。



待てとおとどめなされしは拙者が事でござるかな。



さようさ。鎌倉方のお屋敷へ、多く出入りのわしが商売、それをかこつけ有りようは、遊山半分江の島から、片瀬へかけて思わぬ暇取り、どうで泊りは品川と、川端からの帰り駕籠、通りかかった鈴ヶ森、お若えお方のお手のうち、あまり見事と感心いたし、思わず見とれておりやした。お気づかいはござりませぬ。まあ、お刀をお納めなせえまし。



こぶしもにぶきなま兵法。おはづかしゅう存ます。



ぶし付ながら見ますれば、まだ角前髪(すみまえがみ)のお侍。お一人り旅でごさりまするか。



御覧の通り某は、勝手存ぜぬ東路へ、中国筋よりはるばると、暮に及びしいさぎはにて、ひとり旅とかあなどって、無法過言の雲助ども、きゃつらは正しく追い落し、命をとるも殺生と、存たなれどっけ上り、刃向いせんと及し故、止(やむ)事を得ず不敵もの、刀の汚れと存たなれど、往き来の人の為にもと、よんどころなくかくの仕合。きじも鳴かずば討れまいに、益ない殺生いたしました。



はて、大丈夫なお若衆さま。きられたやつらは五六人、あなたさまにはただお獨り。お若年のお手の内には、おどろき入りました。今、中国とおっしゃりましたが、お生国は何れにて、何御用有って江戸表へは。



さあ、別して用事もござらねど、継(まま)しき母のざんにより、心に思わぬ不孝の汚名。古郷は則因州生れ、父の勘気に力なく、お江戸は繁花と承り、武家奉公なと致さんと、仕官の望みにならわぬ旅行。見ますれば、江戸のお方と見え、御深切のお尋。しるべ便りもごさらぬ仕合、お詞にあまえ、お頼み申。



成程、御身分の一通り、承って御尤に存じます。しかし、宿なし共とは申すものの、四人五人のこの死骸、往来ばたで犬のえじき。
御手練(ごしゅれん)拝見致し上は、猶更以ってお世話いたし、あなたの難儀となる事ならば、どこ迄も言ぬけて進ぜましょう。して、いずれの御家中か、又は御直(ごじき)のお方なるか、決して口外致ませぬ。その家名を。



あ、さすがは江戸気のそのお詞、カと頼むその許の、御家名聞ぬその先に、名のる拙者が性名は、員因州の産にして、当時浪人、白井権八と申すもの。



左様ならば、お若いのには権八さんとな。



して、あなたの御家名は。



はい、問われて何のなにがしと、名乗るような丁人でもごさりません。
したが産れは東路で、身は住馴(すみなれ)た墨田川、流れ渡りの気さんじは、江戸で噂の花川戸、幡随長兵衛と申します。



なに、その元が、中国筋に聞こへたる、江戸に名高き幡随の。



いえさ、その名高き長兵衛は、和泉町におります。わしゃ三代目のおもかげばかり。祖父や親父の長兵衛なら、面白いせりふもいいましょうが、親に似ぬ子の無ロきまじめ。酒落といっちゃあ是程もねえ、只のきおい。どうした今度の役廻りか、何れもさまの御ひいきで、ほんの当座の間に合うの、銀と見せたる七度やき。つきょうで覚えた藪鴬(やぶうぐいす)、阿波座烏(あわざがらす)の鳴く声は、西か東か知らねども、水戸(すいど)の水の有難たさ。野郎はちっと小身だが、産土(うぶすな)がらで胆が大きい。弱い者をば引き立て、強いやつなら向う面(づら)。木の事だが、韋駄天が皮羽織で、鬼鹿毛(おにかげ)に乗って来ても、びくともするのじゃあござりません。及ずながら意気地ある、国に生まれた身の冥加、枯たる枝にも花川戸、金龍山とは軒ならび、吉原すずめ都烏、隅田の流れを向こうに請け、東男のはしくれと、噂にのった私は、ごろ付上りの、けちな野郎でござります。



音に聞こえし立引とやら、男気な長兵衛殿と聞からは、願ある身の某が、頼みてしばしたよるには、石城よりもそまつな隠れ家。拙者則因州の浪人、白井権八と申すもの。鎌倉おもてにおき、義によって人をあやめ立退きし者。命はさらさら惜しまねど、尋ねにゃならぬ宝の詮議。首尾よく取得るそれ迄は、死にも死なれぬ拙者が一命。この身の願い叶いまする迄は、ひたすら頼む長兵衛どの。



ようござります。お気づかいなされますな。そう承ったらこんりんざい、
お世話仕抜くは持前の、江戸根生の男一匹。いつでも尋ねてごぜえまし、かげ膳すえて待っていますわ。



御深切のそのお詞、万事よろしく。



頼まれました、権八どの。さようならばここから直に、御同道仕ましょう。



何から何迄、お礼は詞に。



何さ、そこが江戸っ子。恩には着せぬ。
何だ、手紙が落ちてあるが、もし、一寸このあかりを。なになに、
「飛札をもって中入候。当三月廿日の夜、本庄助太夫の甥、因州の浪士白井権八と申もの、おじ助太夫を討て立のき申候間、この段御届申上候。尤権八義、江戸表へ出府と存候間、この段御吟味専一に存候。以上。月日。」



すりゃ、江戸やしき迄。ほい。



もし、お案事なされまするな。
是で何にも、白井氏。



武士も及ばぬ。



うぬ、権八。



そいつも正しく。



きゃつらが同類。



あっぱれ、お手際。



長兵衛殿。



ゆるりと江戸で。



逢いましょう。
-拍子幕-
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