浮世柄比翼稲妻 (うきよづかひよくのいなづま) 鈴ヶ森の場

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目次

役名

  • 雲助 政
  • 雲助 辰
  • 本庄助八
  • 所化願哲
  • 飛脚富田兵衛
  • 雲助 六
  • 雲助 市
  • 雲助 又八
  • 雲助 どぶ六
  • 白井権八
  • 幡随院長兵衛

鈴ヶ森の場

雲助 政

成程、夜は短くなった。今くれたと思ったに、もう東海寺の五つだそうな。

雲助 辰

あんまり仕事がねえによって、善じと組でじばころり手めえにとられたも、あんまり智恵がねえぜ。

雲助 政

その様に悔むな。今にいい鳥を引て来るであろう。

雲助 辰

それもそうだ。ええ、もう一つかっくらわせ。

願哲

さあ、どうしやがった。山わりをよこしやあがれ。

助八

これさ、そう言われては一言もねえが、是には訳が。

願哲

わけもへちまもいらねえ。きりきり金を出しやあがれ。

助八

それでも、ここにはねえ。

願哲

ねえといって済むものか。

雲助 辰

願哲じやあねえか。どうしたどうした。

願哲

さあ、聞いてくれろ。この男は、まだ仲間入もしねえ素人だが、鎌倉にいる内、心安くした所、きょう大師河原でふっと逢うて、この男の頼みゆえ、大枚(たいまい)三百両の大仕事、首尾よくやって渡した所、割前もよこさず随徳寺(ずいとくじ)。さあ、手前達に丸呑みにされちゃあ、おいらが商売がならねえは。きりきりその金出しやがれ。

助八

成程、そう言われては面目ないが、おれが言う事を聞いて、疑い晴らして下さい。

願哲

何、いう事があるものか。

雲助 政

はて、わけを聞いた跡で、どうともなる事だは。

雲助 辰

しずかにわけを聞いたがい聞いたがい。

助八

今、あの和尚の言う通り、慾心(よくしん)きざして掴み合い、とうとうこっちへ引たくり、隠し所に困った故、そばにあった雪駄直しの籠の中へ、その三百両と、外に大事の品を隠した所へ、雪駄直しが出て来て、おれを泥坊だといって、くらわしてくらわして、いや、すてきにくらはしやあがったゆえ、金の事はどこへやら、命からがら逃げて来た所を、願哲坊につかまってこの仕義だが、金所じゃあねえ。
おれが身にもかえぬ、大事の品をちゃあふうとは、よくよく不運な身の上じゃなあ。

願哲

いいや、そのいい訳、どうものみ込ねえわへ。

雲助 政

これさ、あの男はしょげ返っているから、まんざらうそでもあるめえ。

助八

何さ、こうなってから、うそが出る物じゃあねえ。

願哲

して見りゃあ、むだ骨だ。いまいましい。

雲助 辰

そんなまぬけじゃあいかねえ。おいらが仲間へは入りて、よく見習うがいいわえ。

助八

そんなら是から、どうぞ頼みます。

雲助 政

新参振舞に、八幡前の田楽(でんがく)は恐れるぜ。

助八

何さ、濱川の角にしやしょう。

皆々

そいつは飲めるわえ。

雲助 六

もしもし、わずかな駄賃で、この物騷な鈴が森を、ひとり歩きなさらずと、安くしてのって行きなせえ。

富田

ええ、ひつこい。飛脚がかごにのるようで、道中がなるものだ。

雲助 市

成程、おめえの足はひょろ長くて、早かろう。少の酒手で乗って下さんせ。

富田

いやいや、どのようにすすめても、のらぬのらぬ。

雲助 六

はて、のらっしゃいよ。

さっきから十四五丁、ロの酸(す)くなるほど言っても、聞入ねえのか。

富田

やあ、ひつこい雲助めら。たってといへば、手は見せぬぞ。

雲助 政

ええ、手めえたちも気の長い。

雲助 辰

ぶんのめせぶんのめせ。

皆々

合点だ合点だ。

富田

さてこそ噂の鈴が森。

やあやあ、大変だ大変だ。三百両の金を、落とした落とした。

皆々

何、三百両。

願哲

今のはなしの金は、こいつの金よ。

富田

うぬはさっきの、身共に酒をのませた坊主だな。そんならその時。

助八

金はとっても、又ものされたから。

願哲

せめてのはらいせに、身ぐるみふんばげ。

皆々

合点だ合点だ。

富田

是は又、情ない。

どろ坊どろ坊。

皆々

大笑だ。

雲助 政

引っくるめて、弐朱(にしゅ)と一本よ。

雲助 市

まだこんな状箱がある。

雲助 六

何ぞ中にあるだろう。あけて見ろあけて見ろ。

雲助 市

合点だ合点だ。

こんな手紙ばかりだ。

雲助 辰

何ぞ仕事になるめえ物でもねえ。読んで見ろ読んで見ろ。

雲助 市

無利な事を言ったものだ。是がどうして読める物かな。

雲助 政

ほんに、そうだっけ。さしづめ和尚、よまつし。

願哲

どれどれ。
「江戸御屋敷御役人中さま、鎌倉屋敷役人中。」
何々
「飛札を以て中入候。当三月廿日の夜、本庄助太夫甥、因州の浪士白井権八と申者、叔父助太夫を討て立のき中候間、この段御届申上候。尤権八義、江戸表へ出府と存候間、この段御吟味専一に存候。以上。月日。」

助八

そりゃおれが親父を、甥の権八が討ったをしらせの手紙だ。

雲助 政

ああ、そんなら貴さまは敵討だな。

助八

まあそんなものだが、あの権八というやつは、顔に似合ぬふとい若衆だ。

雲助 六

ああ、そんなら、どぶ六や又がのせて来て、橋の駿河屋に立っていた。

雲助 市

丸に井の字の紋を付ていた若衆か。

助八

おお、その丸に井の字が権八だ。そんならここへ来るか。こりゃあこうしてはいられぬわえ。

雲助 市

是さ是さ、何をその様にさわぐのだ。貴さまの為には現在の、親の敵じゃあねえか。

雲助 辰

出合う所は鈴が森、おいらが助太刀しよう。敵討にはいい場所だぜ。

助八

めっそうな事をいった物だ。どうしておれが権八に叶うものか。

雲助 六

おめえも元は侍じゃあねえか。

助八

成程、親の敵も討ちたいが、それよりは、さっきの雪駄直しをさがして、三百両と大切な一巻をとりかえし、こんた衆にもわけてやるわ。そのかわりに親の敵は、皆寄って討て下つし。

皆々

そんならどうでも。

助八

こうしてはいられぬわえ。

雲助 政

しかし、権八は手ききといえど、たった一人。

願哲

こっちは大ぜい。何、かまう事があるものか。

雲助 辰

定めて路銀もずっしりだろう。これ。

雲助 六

そんならここにつっぷしてがんばるのか。

雲助 政

そりゃ、これで。

皆々

どりゃ、果報を待とうか。

雲助 どぶ六

もし、約東の所迄参りました。

雲助 又八

なんと、早く来たじゃあござりませんぬか。

白井権八

然らば、ここが観音前と申所(もうしどころ)か。

雲助 どぶ六

左様さ。ここが観音前さ。

白井権八

やれやれ、太義で有った。誠に夜中(やちゅう)といい勝手知れざるこの道筋。しかし、当りは海辺だな。

雲助 又八

何でもここが約東の所だあな。

雲助 どぶ六

どうぞ早く駄ちんを、おもらい申しとうござります。

白井権八

成程、極めの駄ちんは六郷とやらより、観音前迄五百文の所なれども、
夜中といい、是にて一つのみやれ。

雲助 どぶ六

こりゃたった二朱かえ。

白井権八

はて、五百文の所なれども、心を付けて。

雲助 又八

たった二朱かへ。

雲助 どぶ六

おきゃあがれ。ニ朱や三朱取ろうとて、夜中あくせく、かごをかつぐものかえ。

白井権八

して、どれ程取ろうと申すのじゃ。

雲助 又八

おいらがかごにのれば、持ている金は有りったけ。

白井権八

むむ、さては案内知らぬひとり旅とあなどり、うぬらは物取だな。

雲助 どぶ六

おお、しれた事だわ。そのわんぽうから。

雲助 辰

こりゃ、まてまて。

雲助 政

やれやれ、承れば無法な事。さぞお腹が立ちましょう。

雲助 辰

是がほんの、かつたいに棒打とやら。まあ、御了簡なされませ。

白井権八

是は是は、かたじけのう存じます。去りながら、あまりの慮外(りょがい)。

雲助 政

ささ、御尤でござります。あいつらは私が、まだしようがござります。
まづまづ、御了簡なされませ。して、あなたはどれへお通りなされまする。

白井権八

そこもと達は、所のお人そうなが、是より江戸表へは、いか程ござる。

雲助 辰

あい、江戸へは、もう二三里も有りましょう。まあ、ゆるりとたばこでものんでござりませ。

白井権八

いやいや、せっしゃはたばこは所望でござらぬ。是はいかえ世政話で有った。

雲助 政

是さ、人に道を聞いて、礼もせずに通るのか。その上、たばこをのめといえば、所望でない。なに、たばこが祭りに出やあしめえし。

雲助 辰

こりゃあわっちらを雲助だと思って、この火でたばこをのむはきたねえというのか。いやでもおうでものませにゃあならねえは。

白井権八

是は又、無理を申す男ではないか。こなた衆が雲助やら、何、身共がしるものか。たばこは実実嫌いゆえ、所望でないと申したが、何と致した。無法申すと、手は見せぬぞ。

雲助 政

是は是は、お若衆のお気の短い。今の様に申したは、ありゃうそでござります。成程、さすがは武家程有って、この鈴が森を只おひとりで、びくともなさらぬは、誠におどろき入りました。

白井権八

なに。すりゃ、ここは観音前ではなくて、さては、うわさの鈴が森とやらか。

雲助 辰

さようさ。ごろうじませ。あの通り、供養塔や題目の石碑がござりますわな。

雲助 政

おまえのおっしゃる観音前迄は、十町からござりますが、又そのようなやつらがおりまして、益ないお腹を立てさしますからおきのどく。私共が観音前迄送って上りましょう。是さ、手めえもお送り申せ。

雲助 辰

それそれ、往来のお客方に、おけがが有っては、雲助商売があがるわ。所迄お送り申ましょう。

白井権八

すりゃ、観音前迄送ってくりやるか。

雲助 政

左様でござります。

白井権八

しからば、この提灯を借り請(こ)うて。

お、太義ながら、案内頼む。

雲助 政

はいはい。お提灯は私が持ちましょう。

白井権八

こりゃ、何をいたすのじゃ。

雲助 辰

そりゃこそ、丸に井の字だぞ。

白井権八

まてまてまて。身が紋を見て、伏たる非人の口々に、丸に井の字じゃと申しが、身が紋が、丸に井の字なら、その方共なんとする。すりゃ、何ものにか頼まれたな。

雲助 辰

おお、頼まれた。ぶっちめろ。

皆々

合点だ。

長兵衛

お若えの、お待ちなせえやし

白井権八

待てとおとどめなされしは拙者が事でござるかな

長兵衛

さようさ。鎌倉方のお屋敷へ、多く出入りのわしが商売、それをかこつけ有りようは、遊山半分江の島から、片瀬へかけて思わぬ暇取り、どうで泊りは品川と、川端からの帰り駕籠、通りかかった鈴ヶ森、お若えお方のお手のうち、あまり見事と感心いたし、思わず見とれておりやした。お気づかいはござりませぬ。まあ、お刀をお納めなせえまし

白井権八

こぶしもにぶきなま兵法。おはづかしゅう存ます。

長兵衛

ぶし付ながら見ますれば、まだ角前髪(すみまえがみ)のお侍。お一人り旅でごさりまするか。

白井権八

御覧の通り某は、勝手存ぜぬ東路へ、中国筋よりはるばると、暮に及びしいさぎはにて、ひとり旅とかあなどって、無法過言の雲助ども、きゃつらは正しく追い落し、命をとるも殺生と、存たなれどっけ上り、刃向いせんと及し故、止(やむ)事を得ず不敵もの、刀の汚れと存たなれど、往き来の人の為にもと、よんどころなくかくの仕合。きじも鳴かずば討れまいに、益ない殺生いたしました。

長兵衛

はて、大丈夫なお若衆さま。きられたやつらは五六人、あなたさまにはただお獨り。お若年のお手の内には、おどろき入りました。今、中国とおっしゃりましたが、お生国は何れにて、何御用有って江戸表へは。

白井権八

さあ、別して用事もござらねど、継(まま)しき母のざんにより、心に思わぬ不孝の汚名。古郷は則因州生れ、父の勘気に力なく、お江戸は繁花と承り、武家奉公なと致さんと、仕官の望みにならわぬ旅行。見ますれば、江戸のお方と見え、御深切のお尋。しるべ便りもごさらぬ仕合、お詞にあまえ、お頼み申。

長兵衛

成程、御身分の一通り、承って御尤に存じます。しかし、宿なし共とは申すものの、四人五人のこの死骸、往来ばたで犬のえじき。

御手練(ごしゅれん)拝見致し上は、猶更以ってお世話いたし、あなたの難儀となる事ならば、どこ迄も言ぬけて進ぜましょう。して、いずれの御家中か、又は御直(ごじき)のお方なるか、決して口外致ませぬ。その家名を。

白井権八

あ、さすがは江戸気のそのお詞、カと頼むその許の、御家名聞ぬその先に、名のる拙者が性名は、員因州の産にして、当時浪人、白井権八と申すもの。

長兵衛

左様ならば、お若いのには権八さんとな。

白井権八

して、あなたの御家名は。

長兵衛

はい、問われて何のなにがしと、名乗るような丁人でもごさりません。
したが産れは東路で、身は住馴(すみなれ)た墨田川、流れ渡りの気さんじは、江戸で噂の花川戸、幡随長兵衛と申します。

白井権八

なに、その元が、中国筋に聞こへたる、江戸に名高き幡随の。

長兵衛

いえさ、その名高き長兵衛は、和泉町におります。わしゃ三代目のおもかげばかり。祖父や親父の長兵衛なら、面白いせりふもいいましょうが、親に似ぬ子の無ロきまじめ。酒落といっちゃあ是程もねえ、只のきおい。どうした今度の役廻りか、何れもさまの御ひいきで、ほんの当座の間に合うの、銀と見せたる七度やき。つきょうで覚えた藪鴬(やぶうぐいす)、阿波座烏(あわざがらす)の鳴く声は、西か東か知らねども、水戸(すいど)の水の有難たさ。野郎はちっと小身だが、産土(うぶすな)がらで胆が大きい。弱い者をば引き立て、強いやつなら向う面(づら)。木の事だが、韋駄天が皮羽織で、鬼鹿毛(おにかげ)に乗って来ても、びくともするのじゃあござりません。及ずながら意気地ある、国に生まれた身の冥加、枯たる枝にも花川戸、金龍山とは軒ならび、吉原すずめ都烏、隅田の流れを向こうに請け、東男のはしくれと、噂にのった私は、ごろ付上りの、けちな野郎でござります。

白井権八

音に聞こえし立引とやら、男気な長兵衛殿と聞からは、願ある身の某が、頼みてしばしたよるには、石城よりもそまつな隠れ家。拙者則因州の浪人、白井権八と申すもの。鎌倉おもてにおき、義によって人をあやめ立退きし者。命はさらさら惜しまねど、尋ねにゃならぬ宝の詮議。首尾よく取得るそれ迄は、死にも死なれぬ拙者が一命。この身の願い叶いまする迄は、ひたすら頼む長兵衛どの。

長兵衛

ようござります。お気づかいなされますな。そう承ったらこんりんざい、
お世話仕抜くは持前の、江戸根生の男一匹。いつでも尋ねてごぜえまし、かげ膳すえて待っていますわ。

白井権八

御深切のそのお詞、万事よろしく。

長兵衛

頼まれました、権八どの。さようならばここから直に、御同道仕ましょう。

白井権八

何から何迄、お礼は詞に。

長兵衛

何さ、そこが江戸っ子。恩には着せぬ。

何だ、手紙が落ちてあるが、もし、一寸このあかりを。なになに、
「飛札をもって中入候。当三月廿日の夜、本庄助太夫の甥、因州の浪士白井権八と申もの、おじ助太夫を討て立のき申候間、この段御届申上候。尤権八義、江戸表へ出府と存候間、この段御吟味専一に存候。以上。月日。」

白井権八

すりゃ、江戸やしき迄。ほい。

長兵衛

もし、お案事なされまするな。
是で何にも、白井氏。

白井権八

武士も及ばぬ。

雲助 辰

うぬ、権八。

長兵衛

そいつも正しく。

白井権八

きゃつらが同類。

長兵衛

あっぱれ、お手際。

白井権八

長兵衛殿。

長兵衛

ゆるりと江戸で。

両人

逢いましょう。

-拍子幕-

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