与話情浮名横櫛 三幕目 源氏店妾宅の場 その3

与話情浮名横櫛 源氏店妾宅の場

記事内に広告を含む場合があります。

目次

役名

  • 与三郎
  • 蝙蝠の安(こうもりのやす)
  • 和泉屋多左衛門 (いずみやたさえもん)
  • 手代藤八
  • 山鹿毛平馬
  • 下男権助
  • 妾お富
  • 下女およし

源氏店妾宅(げんじだなしょうたく)の場

多左衛門

これ、安、手前まあなんと思ってここへ来た。われが親父の甚兵衛は、長らくおれが店へ出入りして、それで渡世する身分なれども、手前はよくせきに甚兵衛も見限ってか、十八の時そちを勘当、もううんじょうして心をは直そうとはしないで、とうとう今のその身すがら、蝙蝠安と世間で言われ、忌み嫌われるを幸いに、諸所方々をゆすり歩き。その根性を直さないと畳の上じゃあしなれないぞよ。門口の板に書いてある、山形に丸はおれが店の印だわ、それを見忘れては済むまいが。

へいへい、いやも、面目次第もござりませぬ。

与三郎

なんだなんだ、おれを待てと止めておいて、安にぐずぐず言うにゃあ及ばねえ。おれが方(ほう)の片(かた)はどうするつもりだ。

多左衛門

そのわけも、今つける。

さあ与三郎どん、こなたもお富が兄だと言わっしゃるからは、他人と思わないから言うのだが、見れば、まだ年は若し、元より賤しい人の子とはどうやら見えぬ褄(つま)はずれ。それに見りゃあ、顔は元より、総身(そうみ)へすさまじい刃物の疵。又過ぎし頃このお富を助けた時、やっぱり身内に刀疵、それといい、これといい、何かわけのある事だろう。しかしこなたの妹ゆえ、達(た)って連れて行きたいと言わっしゃれば、随分こなたに遣りましょうが、今日までここに養って置くには、思う仔細あってのこと、しかしこの訳は今日は言うまい。何かはおいて、ここに金が凡そ十四五両、これをこなたに進ぜるからこれで当分どうかして、堅気になって商売を始めた上、さだめて親御もあろうから、この末ともに苦労をば、かけないようにさっしゃるがようござる。これ安、これをあのお方へ上げてくんな。

へいどうもありがとうございます。それじゃあまあお辞儀なしにお貰い申してまいります。

こう与三、旦那がこの金を手前におくんなさるんだから、お礼を申しな。

へい、唯今直に帰ります。どうもいろいろ相済みません。

与三郎

こう安、折角のお志だが、こりゃ旦那に返してくれ。

こうこう与三、そりゃ何を言うのだ。今旦那がおっしゃったのは、よく分かっているじゃあねえか。お富さんを連れて行きたけりゃ行くもいいし、しかし今夜というわけには行かねえから、このお金をおくんなさるのだ。いいか、だから今夜はこれで帰るとしねえ。

与三郎

おいおい安、手前もよっぽどぼんやりしているぜ。これっぱかりの端(はし)た金、返してしまえ。

これさ、手前も分からねえな、何もこれが判証文(はんしょうもん)をする金じゃあなし、いわばただ取る、いや、ただの手前のからだでねえから、この金で小商(こあきな)いでも始めろとおっしゃるのだから、今夜は早く帰ってくれよ。

与三郎

こればかりの金で帰られるものか。

じゃ手前は、どうしても帰られねえ。

与三郎

うるせえ野郎だなあ。

やい与三、生言うねえ、手前大そう立派な者になったな。今でこそ、そんな御大層なことを言っているが、まだ部屋にごろついていてよ、盆の上の事からゆすりかたりの文句はだれに教えて貰ったんだ。いや、そんなことは、どうでもいいが、手前にそんな御託をつかれちゃあ、おれが旦那に済まねえ。さあ立たねえと言って立たせねえでおくものか、さあ、立て立て。

与三郎

こうこう安、何もそんなに言わねえでもいいじゃあねえか。

じゃあおれの言うことを聞いて、今夜はこれで帰ってくれるか。

与三郎

手前がそんなに気を揉むから、今夜はすなおに帰ってやろうよ。

やあ有難え有難え、それじゃあ早く帰るとしよう。もし旦那え、この野郎わっちに恐れて帰ると申しますから、どうかまあ御勘弁なすって下さいまし。

与三郎

もし旦那、今夜はこれで帰(けえ)りますが、お富のからだはこのままじゃあ済みませんよ。

おいおい何だな、そんな念を押すにゃ及ばねえや。さあさあ早く帰りな。

与三郎

ええやかましい、帰りさえすりゃいいじゃねえか。

そりゃ帰りさえすりゃいいが、手前も男らしくもねえじゃねえか、外(ほか)の家とは違うから、帰るものなら早く帰れ。

いろいろどうも有難うございます。いずれそのうちわたくしも、四角な帯でもしめまして、是非お礼に上がります。ええ御新造え、どうぞ旦那へよろしく。へい、どうもおやかましゅうござりました。

与三郎

しかし、こうして帰るものの、帰ったあとは差しむかい、

へん、やきゃあがるな。

与三郎

よしてくれ、そんなんじゃねえや。

ああ、今日ほど窮屈な思いをした日はありやしねえ。

与三郎

手前、あの旦那を知っているのか。

知っているどころじゃねえ、ありゃおれの親父が厄介になっていたお店の番頭さんだ。

与三郎

道理で、ひょこひょこお辞儀をしていると思ったよ。しかし安、おいらはあの女に言い残したことがあるから、もう一度逢いてえから、気の毒だが手前先へ行ってくれ。

そうか。行くのはいいが、手前どじをくうなよ。

与三郎

大丈夫だ。それじゃあ別れるぜ。

こうこう与三、手前何か忘れたものはありゃしねえか。

与三郎

何も忘れたものはありゃしねえ。

おう待て待て、手前も若えくせに耄碌(もうろく)をしているぜ。

与三郎

でも、おらあ何も忘れたものはありゃあしねえ。

それでもねえと言うのか。まあよく考えてみてくんねえ。

与三郎

でも、おれは何も、

あ、思い出した。

ありがてえありがてえ。

与三郎

手前早く言やあいいに。

何だか、きまりが悪いや。

与三郎

きまりの悪い風でもあるめえ。

いや、そうでもねえよ。

与三郎

そら、分け前(めえ)だ。手を出しねえ。

よしありがてえ、小判だな。

与三郎

何だ、こわめしでも貰やあしめえ、両手を出すな。

でも手前。大は小を兼ねるというからな。

与三郎

そら、いいか。

よし来た。

与三郎

一(ひ)い二(ふ)う三(み)い四(よ)う五(い)つ。

こうこう与三、分けめえはたった五両か。

与三郎

五両やりゃあ御の字じゃあねえか。

なに御の字なことがあるものか。五両というなああんまりひどいや、もう少し色をつけてくれ。

与三郎

手前さっき何と言った、一分でも帰ると言ったじゃあねえか。

そりゃ一分貰って有難うございますと、礼を言って帰(けえ)る場もあり、また百両百貫貰っても帰られねえ場所もあらあ。

与三郎

何を言やあがるんだ。

そりゃさっきは言ったが、こう与三、よく考えて見ねえ、この金のつるを掘り出したのはおれじゃあねえか。そこを考えたらもうちっとどうかしてくれ。

与三郎

そんなにぐずぐず言うなら、みんなこっちへよこしねえ。

おっとどっこい、まあいいや手前とおれの仲だ、それじゃあ今夜は五両一分の立前(たちめえ)か。

与三郎

それじゃあ、安。

与三、別れるぜ。

多左衛門

これお富、血相(きつそう)して駆け出すのは、あの与三郎が後を慕っていくのか。

お富

え。

多左衛門

さ、そうでなくば何ゆえに。

お富

わたしゃお前に面目なさに。

多左衛門

なに、面目ねえ、べらぼうな。そんな事は取りおいて、まあここへ来やれというに。

お富

それじゃというて。

多左衛門

はてまあ、ここへ来やれというに。

お富

あい。

多左衛門

そうして、おぬしゃあ、面目がないといって、どうするつもりだ。

お富

さあ、お前に命を助けられ、三年この方この通り、なに不足なく養うて下さんすその中へ、今のような人が来て、又もお前に苦労をかけ、それを見ているわたしが辛さ。いっそこれなら木更津で、水に溺れて死んだなら、この恥辱をば見まいと思い、それでわたしは。

多左衛門

これ、何を短気なそんな事を。手前を殺してすむ事なら、船から上げたその後に、この鎌倉へ連れて戻り、疵養生(きずようじょう)から後々(あとあと)の、肥立(ひだ)つようにと医者よ薬と丹精をするものかえ。今戻った与三郎が、たとえおぬしが兄にもせよ、また夫ならなお以て、このまま添わせてやる心、大方こんな事があろうと、推量したのは今日の日まで、こりゃあ、今戻った与三郎が、正脈(しょうみゃく)正しい人ならば、後ともいわずあの人に、おぬしの身の上も埒(らち)あけるが、何を言っても今見た始末、向こう疵とか切られとか、世間で噂のある身の上、その心底をとっくりと見届けた上、またどうと、しよう模様もある程に、短気を出さずと落ちついて、おれに任せてこの家に、時節を待って居やれというに。

お富

それ程までに言って下さるお前の心は嬉しいが、今までわたしがこの身を任せたというわけでもなし、よしみもないわたしをば、さほどに思って下さんすお前の心根(こころね)、言うて聞かせて下さんせいなあ。

多左衛門

そりゃあ今言われねえ。まあまあ、おぬしが体がどうなりと、納まりのつくその時には、委(くわ)しく話して聞かせるから、案じるには及ばねえ。

お富

それ程におっしゃるなら、時節を待っていようわいなあ。

権助

番頭さん、急用でござります。

お富

おお、お店の権助どの。

多左衛門

騒々しい。静かに言え。

権助

まあお聞きなされませ。今店へ、どこやらから立派なお屋敷の奥さまというようなお女中と、男の侍が参りましたよ。

多左衛門

なにをこいつ言いおるぞ。女の奥さま、男の侍は知れているわえ。

権助

まあまあ、そのお人が四五年前に入った質物(しちもつ)の事で、内々聞きあわせたい事があって、是非是非、内の旦那にお目にかかりたいと申しますが、どうも大旦那の御隠居所、笹目が谷(やつ)は遠方なり、又藤八さんは今もってお戻りなされぬから、そこであなたを呼びに参りました。

多左衛門

はて、三四年あとの質物とは、むう、どこのお邸がらござったか。

権助

それから、まだもう一つ用がござります。梶原さまのお邸から、明朝までに為替の金が御入用、六百両持ってくるようにと、さっき申して参りました。

多左衛門

梶原さまから、御用が出てか。

権助

わたしが思うには、大方若殿源太さまが、梅ヶ枝の身請けの金と、鎧の遣り繰りに、御入用かと存じまする。

多左衛門

何を馬鹿な。何にしても行かずはなるまい。

お富

それではあなた、このままに又お店へお出でなさるのかえ。

多左衛門

もうかれこれ四つにもなろう、どうで用が片づくと、戻るには遅くなる。今夜は店へ泊まるから、戸締りをして寝るがいいわ。

権助

しかし大番頭さんを呼びに来るとは、ちと、不印(ふじるし)な役廻りだ。

お富

またそのような事を言わずとも、ずいぶん途中を気をつけて、

多左衛門

そんなら、お富。

お富

旦那さん。

多左衛門

明日、逢おうわ。

お富

さっきはまあ、思いがけない与三郎さん、よもやこの世に存(ながら)えてはござんすまいと思うたに、命が互いにあればこそ、まためぐりあう嬉しさも、過ぐる月日のそのうちに、以前に変わりし今の身の上。ああなんとしたものであろうなあ。

エエ誰だえ、よしなさんせ。

藤八

ああこれ、やかましゅう言うまい、わしじゃわしじゃ。

お富

藤八さん、お前今までどこにおいでだえ。

藤八

最前の強請(ゆすり)の騒ぎ、台所へ逃げ込んだそのうちに、多左衛門どのは戻られるし、帰るには帰られず、今まで忍んでここに居ました。

お富

内では、お店から迎いが来る、大そう店が忙しい様子、悪じゃれをせずと、帰りなさんせ。さあさあお帰りお帰り。

藤八

これは又、お前でもないぞえ。お富さん。最前およしどのを頼んで、佃長(つくちょう)へ酒肴(さけさかな)を誂(あつら)えて、多左衛門どのの留守中に、お前に一つ上げようと思ったところへ、強請めがうせたゆえ、ちゃちゃ無茶苦(むちゃく)。下女のおよしは強請の騒ぎで、驚いたところをばおどしかけ、法をもって宿へとまりがけにやったれば、多左衛門どのは店へ泊まり、今宵はわしがここへ、最前のような悪い奴のうせぬよう留守番して、お前とさしで一つ飲み、楽しむつもりじゃ。これお富さん、。一つ上がらんかいなあ。

お富

ええ、よして下さんせ、よい機嫌な。それどころではないわいなあ。

藤八

はて、そこを一つ飲んで、わっさりと気を発散するがよいわいの。

これこれ、気晴らしに一つお上がり。

お富

わたしゃ、酒(ささ)はたべぬわいなあ。

藤八

はて、上がる所では、上がろうがな。これ、ちょっとちょっと。

お富

ええ又しても、いけ煩(うるさ)い。

藤八

こりゃもう、自棄(やけ)じゃ。

あいたたたた。

やや、おのれは、はああああ。

お富

や、与三郎さんかえ。

与三郎

お富、いけっ太(ぶて)い野郎だなあ。

お富

そんなら、今の様子をば、

与三郎

今のどころからさっきから、安を帰して裏から忍び、内のあるじにおぬしが話も。

お富

それも詳しくお聞きかえ。

与三郎

一間(ひとま)へだてた障子越し、大てい今のあらましは。

お富

それでわたしも落ちついた。よく戻って来て下さんした、もし、いろいろお前に言う事が。

与三郎

おれも手前に、話があってよ。

おい番頭さん、藤八どの、こんたはどこへ。

藤八

ちょっと、尿(しし)しに。

与三郎

いや、貴さまには用がある。ここへ来やれ。来いというに。来られずは、いっそおれが。

藤八

こりゃもうたまらぬ。

与三郎

滅多にわれは逃がさねえ。

藤八

はあ、そんならわしに、見せびらかして。

与三郎

知れた事だ。そこで存ぶん見物しろ。

藤八

はははあ。

お富

与三さん。もうなんにも心づかいはござんせぬ。まあゆるりと上がりな。

与三郎

こいつは妙だ。たしかにいま聞けばこの酒は、あの野郎が買ったのだ。

お富

あい、奇特な人さね。もし与三さん。今夜は内の旦那も、お店に用があって来ることではなし、泊まっておいでな。

与三郎

なに泊まれ、内証はどうでも表て向き、囲われているおぬしが家、亭主の留守には、もうもう懲り懲りした。

お富

あれ又、矢張りそんな事、亭主というは愛しいお前。

与三郎

今夜が嬶(かか)あと言初(いいはじ)め、とんだ明けを追う奴さ。ははははは。

お富

さあお燗が出来た。一つお上がり。

与三郎

こいつはあいいわえ。あのべらぼうが買った酒を、亭主のおれが飲むというは、恩もひらもない事だ。

藤八

こりゃ、酷い目に逢うものだ。間男のまの字までも行くか行かぬか知れぬうちに、この通り縛られて、買った酒まで飲まれれば沢山だ。ああ、今日は如何なる悪日ぞや。はああ。

与三郎

これお富、さっきおれが亭主だと打ちまけて、てきぱき方をつきょうと思ったを、なぜ、兄だと言い張ったのだ。

お富

亭主と言えばもうそれまで、それよりは兄さんだと言っておいたら、又なんぞお前の力になる時のために、却ってよかろうと、それでわたしがあの時に。

与三郎

おれもそこらと察したが、なにあの時、一か八か方をつけたもよかったろう。

お富

それじゃというて、いま陰で聞かしゃんしたら疑いは、お前晴れたであろうが。

与三郎

さればなあ、一夜も枕を交わさぬおぬしを、これ程までに世話をする、主の心が、わからねえわえ。

なんだ、そこに落ちているのは紙入れじゃねえか。

藤八

ああ、開けては悪い悪い。

与三郎

どれ。

なんだ、一つ金一両二分なり、若浦さま、浪の戸さま、芸者一組、台一つ。こりゃ大磯の書き出しだ。

お富

これ、ここに何か包んだものが。

与三郎

どれ。

むう、海内無比(かいだいむひ)、この薬は、この近所だ。おおそうだ。画師の程よしが頼まれて弘める薬よ。

お富

そりゃ、なんだえ。

与三郎

猪口屋薬(ちょくやぐすり)を、見たような物さ。

お富

おや、いやだのう。

与三郎

なんだ、兄藤八さまへ、海松杭(みるくい)の松より。

お富

どうやら覚えの、その名宛(あて)。

藤八

それ、読まれては。

与三郎

これなる手紙に海松杭の、松という名は木更津で、手前もおれも怨みのある奴。

お富

兄藤八さまとあるからは、

与三郎

さてはこいつは兄弟だな。

お富

道理こそ、よく似た顔つき。

与三郎

とんだ奴に、廻り逢うたものだ。

お富

早く、読んで御覧なねえ。

与三郎

どれ。

「先達(だっ)て、その地へ罷(まか)り越し、お話し申し候ふ彼の一品(ひとしな)、質入れの儀、其許(そのもと)さま御取り待ちにて、百五十両に御預け下され候ふ趣悉く、右は下総千葉家の重宝(ちょうほう)真鶴(まなづる)の香炉と申して大切の品ゆゑ、其うちにぜひぜひ、この方へ請け戻し候ふ間、さやう御心得下さるべく候。なほ面談の上、万々申し述ぶべく候ふ。以上。猶々(なほなほ)、この一薬、不用に相なり候ふ間、其まま御戻し申し上げ候ふ。よろしく御計ひ下さるべく候ふ以上。」

むう、この手紙の文体では、千葉家の重宝、真鶴の香炉を質入れした密書、むう。

こいつは滅多に逃がされねえわえ。

お富

もし、ここにも薬の包みがあるぞえ。

与三郎

なんだ、能書きがあるわ、どれどれ、
「南蛮(なんばん)秘法(ひはふ)、アタリマンス、この一薬を酒にて和(わ)し、服さしむる時は、人命を断つ事即妙(そくめう)なり。まつた右の一薬に、辰の年月日時揃ひし男子の生血を混じ服する時は、年久しき金瘡(きんさう)古傷(ふるきず)たりとも痕なく治する事神の如し。」
こいつは稀代(きだい)な薬だな。

お富

そりゃまあ、幸いな、お前の顔や体の疵、治すには丁度よいではないかえ。

与三郎

違いない。しかし取り得る事の出来ねえのは人の生血だ。当時はおれが面や体の疵も仕事の元手、治さねえ方がよかろうよ。時にこの野郎を忍ばせて置く入物はあるまいか。

お富

あい、丁度、およしがこの葛籠(つづら)。

与三郎

中へこやつを。

藤八

こりゃ、たまらぬわ。

与三郎

こいつを囮にあしたの仕事。

お富

もし、それはそうと与三さん。どういうわけでこの手紙の、千葉の屋敷の宝をお前が。

与三郎

その香炉は、ちっとこっちに入用(いりよう)ゆえ、これ、

お富

そんなら葛籠の藤八を、玉に遣って和泉屋へ。

与三郎

出来合間男、つつもたせ。

お富

何かの手筈(てはず)は、

与三郎

寝ながらゆるりと。

藤八

どうやら、味な。

与三郎

からんだ悪縁(あくえん)。

お富

切ってもきれない。

与三郎

命がありゃあ。

話せるなあ。

ひょうし幕

参考文献


もし良かったらこちらClickしてください。ありがとうございます。
にほんブログ村 ブログブログ 雑記ブログへ
にほんブログ村
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次